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ウェブサイトの開設とブログの引越し

おとしだまの森倶楽部のウェブサイトを開設しました。
http://www.mitose-forest.org
まだまだ作りかけの状態ですが、徐々にコンテンツを充実させていこうと考えています。

それに併せて、こちらのブログも引越ししました。
http://blog.mitose-forest.org
データの移行が完了すれば、こちらは閉鎖いたします。


炭窯

間伐した竹で炭焼きしましょう。
と話していたら、炭窯がもうありました(^^;)


以前ドラム缶窯で竹炭を焼いておられた近在のかたが、早速作ってくださったそうです。

ただ、 ドラム缶の大きさだと焼き上がりに一昼夜かかるとのことで、火の用心が悪いのと、 設置場所として考えていた竹林の開けた場所は連日の雨でぬかるみ…

どうやらこの場所、湿地っぽく一日でできるような小さな規模の伏せ焼きをするにしてもあまり窯設置には向かないなあ。
ということになりました。

ということで、隣市で雑木畑を作ってらっしゃる方に相談。
そちらに設置することを快く引き受けて下さいました。
そして運搬。炭焼きに絶好の場所です(^^)
そこに炭窯設置して、キャンプしながら炭を焼く予定です。

おとしだまの森倶楽部、今年もナイスに広がりそうな歳始めです♪


炭焼きします

しばらくブログの更新をサボっておりました(汗

先日われらがボス、ぶん太さんが竹やぶを美しく整備してくださいました。
今年は伐った竹を有効利用すべく炭窯を作ろうかと考えています。

炭窯はとても原始的な方法で、「伏せ焼き」というのがあるのですが、こちらに挑戦してみましょう。
1/22(日)から作業をはじめます。

おとしだまの森の玄関ができました

おとしだまの森への入り口は神饌所の裏手から入るようになっていました。

氏子さんの「鳥居の横から入れるようにしたらどうだろうか」という発案で、今日はその入り口までの道つくり。

水路の横を丸太で土留めして、30メートルほどの道を作り、階段で森の入り口までのルートを総勢六人で開通させました。

暑い中、大汗をかいての作業です。
こまめに休みながら、材料を作り、土を慣らし、作業をすすめます。

とはいうもののついつい我を忘れてついつい熱中してしまいます。
で、も~あかん~。というところで通り雨。
天からの休息指示です。

一時間ほどたっぷり休憩すると、雨もあがり、もうひとふんばり。

丸太も白木の桧を誂え、とってもよい玄関ができました。
NEC_0050.JPG
NEC_0052.JPG

極相の鎮守の森に想う

極相安定した森は、何千年もの間その地で脈々と命を繋ぐ営みが引き継がれてきています。
そんな森が生み出す豊かな水と土壌が、この国を作り、人の営みを栄えしめたことは間違いありません。

弥生期の水田は、たびたび洪水に見舞われ、水田跡は幾重にも重なって見つかるのだそうです。
弥生期の遺構から見つかる洪水の痕跡は、災害ではなく、平地における農耕の地力回復の手段であったのではなかろうかと思います。

森から流れ出る命の土が、食物を育て人間の命を育みます。森はわたくしたちの命の源。

当時の人たちの願いが今に残る鎮守の森。
その子孫たちが脈々と護り引き継いできた魂の根元です。

水資源の問題が世界中で起こり、命を奪い合う争いの火種となっています。
爛熟した文明は森と神を壊し、その反省から宗教が発明され、宗教を盾にした略奪が過去繰り返されてきました。

一方、日本人の森の思想はそこに宿る魂を神として、また自分たちの還る場所として護ってきた。これが神道のエッセンスのひとつなんだろうと思います。
あえて楽園など作らなくても、先人が護り続けた杜が、もとからここにあります。

この楽園を汚すことを許してしまってはひとの未来はない。
情緒だけではなく、歴史からも学べることですね
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はじめての雨

おとしだまの森倶楽部の発足以来、いや、発足する前から作業をする日は雨が降らない。
というのがあたりまえになっていました。

しかし、アメニモマケズ集まったのは総勢10名。
パーカッション奏者の方もお越しになり、賑やかな一日となりました。

作業は軽めに草刈りと階段の杭づくり。これまで奥山への入り口へは、神饌所の横を通り抜けて入っていたのを、鳥居横に設置した、おとしだまの森倶楽部の看板の横を通り抜ける道を開通させようと作業を開始しました。

神饌所からはパーカッション奏者の方が奏でる太鼓の音と杭を作るチェンソーの音と妙にマッチして心地がよいです。

で、一時間ほど作業したところで作業終了。
拝殿で太鼓が曲を奉納されるのを一緒に聴かせていただきます。

太鼓のリズムと雨に潤う御歳山から流れでる気にヤラれてしまいました^^;

その後は晴耕雨読で、おとしだまの森倶楽部のありかたについて話し合いをしました。

集まる人のそれぞれの思いや、この御歳の御山にめぐりあってここに集う経緯はさまざまですが向かっているところはひとつなんだと再認識できました。




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倒木と格闘

前回の続きで、雪で倒れた倒木の処理をしました。
木が立っていた斜面の下、竹が密集しているところに何トンかの大木が倒れているため、倒木は弓なりになった竹の上に乗っかってる状態…
(写真を撮る余裕がありませんでした[あせあせ(飛び散る汗)])

まずは根本を小切って、全体の重量を軽くしていきます。
根本を切ると、木は竹のしなりでびよーんと上に持ちあがっていきます。
さて次に下敷きになっている竹たち。
これはチェンソーだと危ないので、一本一本ノコギリで伐っていきます。
刃を入れると竹はピシーっと裂けて弾けます。と、同時に上からはミシミシと木が下がってくる音…
上と下の安全を確認しながらへっぴり腰で作業[冷や汗]
根本がなんとか安全な状態なところまで下りたところで、ようやく解体です。

作業を始める前は、凄惨な状況になっていて、どっから手をつけていっていいのやら…でしたが、落ち着いて思案して、手だてを考え、手順を組立てて、ひとつひとつの作業をこなしていくと、なんとかなるもんですね。
想定してない作業だからこそ、浮き足立たず、ひとつひとつ着実に。が大切だと実感しました。


ひとつひとつ着実に前へ!
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竹やぶ整理パートⅡ

1月20日
4名で竹やぶの整備の続きをしました。
竹やぶパートⅡ
まずは竹やぶの中にびっしり生えている笹刈り。
前回半分ほど刈ったので、今日は残りの半分です。
竹やぶパートⅡ
ほぼ、すっきりと刈り終えたところで、奥のほうになにやら荒れ放題の一帯が・・・
先日の雪で新たに竹が倒れたのかなあ?
と、軽く思っていたのですが、直径40cmを超えるシイの大木が周囲の竹を巻き込んで倒れていました。
竹やぶパートⅡ

早速除去!ですが、幹がチェンソーのバーより太い!
周囲の孟宗竹がなぎ倒されてて、非常に危険な状態です。
慎重に慎重に切り倒していくと、歯が噛み込み、切り離れたところでチェンソーが下敷きに・・・
バーがひんまがってしまいました(泣)
幸いなことに先日、排気量の大きなチェンソーが納品されたばかりなので、それを使って小切り。
バーも少し長いので軽々と切れます。(最初からこちらを使っておけばよかった・・・)
竹やぶパートⅡ
で、後ろを見ると、もう一本倒れているのを見つけましたが、ここで力尽きたので、次回にまわします~。
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竹やぶ整理

遅まきながらあけましておめでとうございます。
本日は、手水も凍る寒い日、総勢5名で竹やぶの整理を行いました。
F1020074.jpg
で、その竹やぶはというと、
F1020073.jpg
中はこんな状態・・・
周囲にだけ生きた竹が生えていて、竹やぶの内側はなぎ倒されて枯死している竹がほとんどです。
また、開けた空間には背の高い笹もびっしり生えていて、足の踏み場もない状態でした。
放置された竹林というのは、周囲にびっしりと竹が生え、中もぎっしり詰まっているのかというと、そうではなく内側はこんな有様で、外へ外へと広がっていくようです。
F1020072.jpg
内側に竹が生えやすくなるよう、なぎ倒された竹を伐り、外に引っ張り出します。
今日は、全体の半分ぐらい。作業後はこんな感じです。
F1020075.jpg

寒い日の火はありがたいもので、大量の竹で、暖をとらせていただきました。
F1020076.jpg
しかしそれにしてもあれだけ大量の竹も燃えてしまえは、これぐらいになるんですねえ。
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役行者不思議の世界~行者とともに体験する登拝と能「葛城(かづらき)」~

10月30日、平城遷都1300年祭の広域イベント「役の行者不思議の世界」のフィナーレとして「行者とともに体験する登拝と、能「葛城(かづらぎ)」のイベントが開催されました。
台風14号の襲来が心配されましたが、事故もなく無事終えることができました。

早朝、台風が最接近している朝六時半より宮司さんと地鎮の登拝。
磐座に坐す神仏に、巡拝路の道場として加護願うべく、地場を拓いていきます。

そして、吉野・大峰を望む磐座の前で雲の流れ、風の向きを見て「できる(成功するという意味です^^)」と確信します。

わたしたち「おとしだまの森倶楽部」は、氏子さんや、1300年祭の実行委員の方々、葛城顕彰会のメンバーとともにイベント会場の設営から運営まで、スタッフとしていつものごとく「臨機応変」に動き回ります。

平城遷都1300年祭の広域ネットワークプロデューサーも「ざっくりしとるのぅ。」と笑いながら目を細められてます。
奥山整備の活動を通じてみなさんの目線が同じ方向を向いているから、綿密に打ち合わせしなくても場の空気で自然と動けるんですよね。

それ自体がお祭りであり、神事そのものであるのだと私は思います。
「まつりはみんなでつくるもの」
昔、山の神事に仕えたときにふと感じたことですが、まさにその感覚が蘇ります。

スタッフの方々が到着する度、朝の挨拶がわりの第一声が
「誰の精進や~!!」
「そら、みな自分や思てるで~^^」
はい。まさにそのとおりですね♪

この台風は神様が大勢の人々の心ををひとつところに向かわせる大祓やったんやと思っています。
「心口意の三蜜を整えよ『恕』!!」と、蔵王権現が葛木と吉野を結ぶ岩橋の上に立って申されてたのかもですね^^;

午後一時から神事の後登拝。吉野・金峯山寺の行者様を先達に、「ろーっこんしょうじょう。さーんげさんげ」と掛け念仏を唱えながら急斜面を登ります。
澄みきった法螺貝の音が静謐なおとしだまの森に吸い込まれていきます。

・・・う~ん、それからのことを思い起こして書こうとしているのですが、、、どうも半分ほど別の世界に飛んでたようで、記憶が途切れ途切れになっています(汗)

下ってきて、行者様から「こうやって、たくさんの人が歩かれることで、開山できましたね。」とおっしゃって下さったことがすごく印象に残りました。

午後五時からは、篝火を焚き、能楽の会の開催です。
篝火の薪も奥山整備で整理した樹木を尾根で乾かして、担ぎ降ろしたものなんですよ^^
上演時間が予定より少し延びて、薪の量が危ぶまれましたが、なんとか追加で切り出して、急場をしのぎました。(最後片側の篝火がちょっと炭火になってしまいましたが、ご愛嬌ということで・・・)

わははは(汗)。こちらも火にばっかり気をとられてて、内容はあんまし覚えてないです~。
でも、イベントが終わって笑顔でお帰りになられるみなさんをお見送りしながら、ああこの催し、企画してよかったなあ。と思えました。

イベントに関しては、産経新聞ニュースに記事が掲載されています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101031-00000014-san-l29

また、お祭りについてはこちらもご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/mitoshi7/
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